本日、全国高等学校サッカー選手権大会東京都予選決勝戦!~歴史を振り返る平成3年決勝戦~
「豊田アナ、めっちゃ綺麗だった!」
え、いきなりなんだ?今日はこんな感じなの?
何の関係があるんだ、正則学園と!って思ってますよね、みなさん。
でもこの言葉、覚えておいてほしいんですよ。後でわかりますんで💦
2020年の本日は、
全国高等学校サッカー選手権大会東京都予選決勝戦の日です!
駒澤競技場で、
Aブロック決勝 関東一 vs 日大豊山 11時キックオフ
Bブロック決勝 堀越 vs 大成 13時15分キックオフ
関係者の皆様はもちろんですが、東京都の代表選はやっぱり気になりますよね!
確か、前はずっと西ヶ丘サッカー場だったんですが。。。
今、西ヶ丘は、国立西ヶ丘サッカー場と名称が変更されてました。
時代が流れれば、色々とご時世も変わるか!
さて、今日はサッカー部のお話!
高校サッカー、最後のタイトルマッチ⚽選手権⚽
一番上の写真でも見ていただいたように、今日はちょっと前の時代へタイムスリップしてみましょう。
1992年11月(平成3年)の選手権東京都予選決勝戦の写真です。
えっ、またいきなり何? と思いましたかね💦
なつかし~ と思う方もいるかも知れませんね。
そう、そうなんです!
正則学園のサッカー部が!
帝京高校と!
対戦するんです!(したんです!)
そしてその当時、中継で来ていたのが、日テレの豊田アナウンサー。
さてみなさん、覚えていただけてますか? 冒頭の・・・
「豊田アナ、めっちゃ綺麗だった!」
そう!もうおわかりですね!
この言葉は、全国高等学校サッカー選手権大会東京都予選決勝戦に出場した当時の正則学園サッカー部員の感想なのです・・・!
確かに昔からずっと綺麗ですよね、豊田アナ!
でもそういう話じゃなくてですね💦
驚くべきことに、この言葉、なんと・・・
試合に負けた直後の感想なのです・・・!!!
しかも、死闘の末、全国への切符を逃した直後のサッカー部員が、試合を振り返って放った一言。マジで異次元。
でもむしろこれくらいでなきゃというか、本当に心臓に毛が生えてるなと。
(でも毛は大切✨✨育てよう!)
(↑ ここ大事!あるものがなくなるのは嫌なものです笑笑)
(って笑えないよ Σ(゚д゚lll)ガーン)
ということで、この年。
1992年、平成3年の正則学園のビッグニュースといえば、
サッカー部!(もちろん、週5日制導入も今考えれば凄いですけどね)
正則学園は、
柔道部も剣道部も関東大会常連校で、東京でも屈指の強豪校。
野球部は昭和61年大会で東東京都大会に優勝して夏の甲子園大会に出場✨
当時は、
男子高校・女子高校ブームの最中で注目高校の一つになっていた正則学園。
受験シーズンになると、正則学園の周りに受験生が2列で2周するぐらいの行列ができ、夕方のニュースで取り上げられたぐらい!
平成3年
全国高等学校サッカー選手権大会東京都予選で、東京都本選(2次トーナメント)の常連校でありながら、平成2年は東京都2次トーナメントの1回戦で、現東久留米総合に敗退。
でも、この年(平成3年)は違います!
平成3年 東京都2次トーナメント
1回戦、vs 現東久留米総合(去年と同じ組み合わせ💦)
2-1で勝利✨
2回戦、vs 暁星
2-0で勝利✨(次年度のシード権確保✨)
準決勝、vs 東海大菅生
2-1で勝利✨
そして迎えた決勝戦
vs 帝京
⚽決勝戦⚽
日比キャプテンとレフティー阿部選手(日の丸選手・筑波大から鹿島アントラーズ)、松波選手(日の丸選手・高校卒業後にガンバ大阪に所属)率いるタレント軍団の帝京高校と、西ヶ丘競技場で激突!
対する正則学園は、3アミーゴーズと呼ばれていた山田選手、藤井選手、河野選手をトップに置き、当時のキャプテン(現サッカー部監督の小澤先生(MF))がチームを牽引。個性豊かな選手たちを中心に、勝ち上がった東京都選手権のAブロック代表の決勝戦⚽ 監督は山梨先生と小林先生。
インターハイ予選では私立城北に負け、帝京高校とは夏の練習試合をしたものの、0-3、0-4といったスコアで何度も完敗。。。
そのような経緯から、大方の予想は、
帝京高校圧勝という世論だったはず。
ただ、正則学園の全生徒は、まったく逆!なぜか!!
「共学高校」に負けることは許されない! (あくまでも全生徒の意見)
チアリーダーは反則だ~。
正則学園は全校を上げて(当時は900名)西ヶ丘サッカー場に陣取り、全員で応援!
ここで応援の仕方「ビッグウェーブ」を初めて教わる笑
体験しました!ビッグウェーブ最高✨
帝京は、ブラスバンドとチアダンス。めっちゃ華やかで魅力的ですよ。それはもう、凄かった。
でも正則学園も負けてはいない。男の声の重低音はもっとヤバかったはず!
まー全員が声をカラカラにして家路に向かったことは今でも覚えています。
この試合は、
間違いなく東京都大会の歴史に残る試合です。
それが、
「平成3年決勝戦⚽正則学園高校 vs 帝京高校」
の今日のお話。
前半は、大方の予想を裏切る展開。
0-0で折り返します。
さて、ここで当時のロッカールームを覗くと、
「あれっ、これってうちら勝てるな!」
「豊田アナ、めっちゃかわいいですけど~」
「負ける気がしない、うちらのペースじゃねぇ!後半勝負で」
「さて行くか!勝ちに🏆」
ていう感じです、あくまでもこういう雰囲気✨
後半がスタート。
左に正則学園、右が帝京。
帝京が一気にギアを上げてくる、日比キャプテンがガンガン来る。。。
正則学園は大ブーイング、そりゃそうだろう。
まー日比キャプテンのイメージは、我々正則学園の生徒には今でも記憶に残ってます!本当にすごかった。
そして、
均衡が破られた・・・・・・・・・・・
阿部選手がFKから
0-1
応援の全校生徒たちは、意気消沈かと思いきや、
僅か2分で、チャンスメイク!
(やっている選手たちはあきらめるわけないですよね!)
コーナーキックから、ヘディングシュート⚽
1-1
追いつく!決めたのは、ここぞの正則学園キャプテンの小澤先生⚽
(当時から校内でもイケメンで、硬派でかつヒーロー的なやべ~人笑)
正則学園の応援スタンドは一気に大盛り上がり!
ということは、帝京スタンドはジェットコースターですよね。
しかし後半はそのままホイッスル
延長戦スタート
前半終了後1-1のまま変わらず、
後半もそのまま終了。
結局、勝敗がつかず、PK戦
2-4で負けました、準優勝で幕。
なぜ、この試合が伝説といえるのか!
実は、この年。
帝京高校サッカー部は、スーパータレント軍団!
全国大会でもドンドン勝ち上がります!本当に強かった。全国大会は帝京を応援してましたよ!
そして、全国大会の決勝戦が、
帝京 vs 四日市工業
松波選手 vs 小倉選手 みたいな感じですかね~得点王争いも。
結果、同点で、延長戦もしての同点。PK戦?
と思っていたら、両校優勝🏆
そして、帝京高校の選手たちのコメントが、日本テレビの地上波で流れます(そう、今日はここがポイント)
アナ:どこの試合が一番キツかったですか?
帝京:東京都の決勝戦です。
アナ:・・・
アナ:(話を変える)
聞きましたか、一番大変な、壮絶な試合は、東京都の決勝戦!
対戦相手は、そう、
正則学園です!
帝京高校の選手の相手をリスペクトする姿勢と気持ち、本当に帝京高校のサッカー部の方々、そして指導してきた方々の懐の深さは、日頃の賜物と今でも思っております、見習わなければなりません。
全国大会からでしたが、すみません、帝京高校のサッカー部を応援して良かったと思っています。
実はあまり大きな声では言えませんが、この年から正則学園と帝京のサッカー部をずっと応援しています!!(あっ、書いちゃった💦)
さて、最後にですが、
正則学園のユニフォームは、この1992年(平成3年)に刷新されたばかりのグリーン(ヴェルディに憧れて)に変更。
2ndユニフォームは、ブルー(ブラジル代表のサブユ二フォームに合わせて)と当時からめちゃ最先端であり、やりたいことはやる主義!
これが正則学園。
この伝統は受け継いでます✨(これしかないですよ!伝統は笑)
(たぶん週明け、校長室に呼び出しだ。。。ABちゃんたすけて~)
そう、
生徒も個性豊かな生徒しかいないし、意外に校則は緩い。
そして当時から生徒の意見は意外に反映されてる学校です。
その速度が速いか遅いかだけで。
サッカー部のユニフォームは生徒達の発案✨
カズ(三浦和良)選手やラモス選手、柱谷選手、都並選手、武田選手、北澤選手など日本のサッカーを牽引している選手たちがいた読売ヴェルディ。
少しでもヴェルディに近づき、高校サッカー界の記憶に残るチームにというコンセプトがあったと!当時、小林先生から授業中に聞きました!
グリーン。
現在も、
「グリーンソルジャー」
として虎視眈々と、山梨総監督のもと小澤監督と菅原監督が狙っています!
全国の切符を✨
今後のサッカー部の活躍を期待しております📣
歴史は、塗替えも必要ですが、味わうことも重要ですね!
2020年の東京都2次トーナメント1回戦、
vs 日大豊山 雨の中、0-2で敗退。
日大豊山は、本日の決勝戦まで勝ち上がっています!
どうなるか、是非気にして、応援していきましょう!