世界史を変えた食べ物―じゃがいもが歴史を動かした?
🪷:こんにちは、STEAM & HISTORY 同好会 の🪷(蓮の葉)です。
🎠:Bonjour. Je m'appelle Mary-Go Round(メアリー・ゴー・ラウンド).
🪷:早速ですが🎠くん、「じゃがいも」はお好きですかな?
🎠:Je suis pomme de terre!(俺はじゃがいもだ!)
🪷:あ…うん…ありがとう。
🪷:それでですね、私は最近料理でもしようかと思い立ち、じゃがいもの芽を包丁の角で取ろうとしたのですが…🔪
🎠:あーね、ミスるんだろ?
🪷:そうそう、なかなか苦戦してうまく取れず、不格好な形になってしまったのです…
🎠:慣れないうちは難しいからな!
🪷:正精進…
🎠:ちなみに何をつくろうとしてたのかな?
🪷:じゃがいもゼリーだよ!栄養価が高いらしいですからね。
🎠:不味そうですね!
🪷:とにかく、コロッケやポテトサラダ、フライドポテトにポテトチップスなどなど、その他にも様々な料理で使われているじゃがいもですが…
🎠:Zzz…
🪷:実はじゃがいもは「世界の歴史を大きく変えた食べ物だった」と言ったら🎠くんは信じられますかな?
🎠:SHUT UP!!
🪷:そうですね。そのようなわけで、今回は”じゃがいもの歴史”をテーマにお話をしたいと思います。
🎠:帰ってもいい?
じゃがいもって?
🪷:最初に、じゃがいもとはどんな野菜なのかみてみましょう。
🪷:じゃがいもは、土の中にある部分を食用とする根菜というやつです。
🎠:じゃがいもで食用になってるのは茎の部分だけど、“根”菜って言うんだな!
🪷:そしてじゃがいもはナス科に属しているので、実はナスやトマトと同じ仲間なんです!
🪷:しかし、じゃがいもの芽や葉にはソラニンやチャコニンという毒が含まれているため、適切な処理をしなければなりません。
🪷:そうしないと、軽症なら吐き気、腹痛、下痢、重症なら錯乱などの神経症状や視覚障害が現れ、最悪の場合、死に至る恐れもあります。
🎠:恐ろしいですねー。もうじゃがいも食べるのやめようかな。
🪷:おっとっと、まだそう判断するのは早いですよ。なぜなら、じゃがいもには良い効果もたくさんありますからね!
🎠:たかがいもごときに効果なんてあるかよ!
🪷:ところが、じゃがいもにはカリウムやビタミンCが多く含まれているだけでなく、食物繊維も多く含まれているため、栄養が豊富で腹持ちも良く、世界中で主食とされているんです。
( ͡° ͜ʖ ͡°):イガイトテイカロリー
🎠:いや、誰?
🪷:しかもこれらの栄養素により、美肌効果や高血圧予防、老化防止などにも効果が期待できるんだそうです!
🎠:ちょっと今からじゃがいも植えてくるわ・*・:≡( ε:) バビューン
🪷:そしてじゃがいもは、植え付けから約3ヶ月ほどで収穫できることも大きな利点です。
🪷:このおかげで、食糧確保が最優先課題となる飢饉の際には、とても重宝されることになるのです。
🎠:…おいおい、どうやら地域によって植え付け時期の目安が違うみたいだぜ?
🪷:おかえりなさい。ええ、そのおかげで年中じゃがいもを食卓に並べることができるわけなんです。
🎠:へぇーへぇーへぇー(3へぇ)
🪷:ではでは、そろそろ本題に移りましょうか。
じゃがいものふるさと
🪷:アンデス山脈の中央部、標高3812メートルもの高さに位置するチチカカ湖のほとり、ここがじゃがいもの原産地です。
🎠:全ては我がフランスが起源なので、この草が言っていることは嘘です、惑わされないでください。
🪷:はい、お口チャックしてくださいね〜
🎠:( ・×・)
🪷:チチカカ湖はペルーとボリビアの2カ国にまたがっていて面積は8140平方キロもあります。
🎠:琵琶湖の約12倍の大きさだ!
🪷:アンデス山脈の中央部に位置しているこの地域では、6世紀頃から現在に至るまで、じゃがいもを主食としているといいます。
🎠:そうなんか。
🪷:そしてじゃがいもを「チューニョ」にして保存します。
🎠:チューニョとはなんぞ?
🪷:チューニョというのは、乾燥イモのことです。
🪷:作り方も紹介しておきましょう。
🎠:…(検閲済)
🪷:ただし日本で作ろうとすると、気候的に差があるので、工夫が必要になりそうです。
🪷:6月ごろから始めるのが最適だそうで、まず昼夜の気温差を利用して、外気に触れる場所で数日間放置します。
🎠:ペルーのプーノだと、6月の日中は15度近くあっても、夜には氷点下になるらしいからな。
🪷:すると、少し押しただけも水分が出てくるようになるので、踏んで水分を取り除きます。
🪷:そして再び数日放置し、完全に水分が抜けきったら完成です。
🪷:こうしてできたチューニョは、大きさや重さも元の3分の1程度になり、交易の際の持ち運びが便利になります。さらに、10年近くも保存ができるようになるんだそうです。
インカ帝国からヨーロッパへ
🪷:13世紀頃にペルーのクスコを都として建国され、1533年に滅ぼされるまで続いたインカ帝国の人口は、最盛期で約1000万人いたとされています。
🎠:現在の神奈川県の人口923万人を超える人数だ!
🪷:では、これだけ多くの人口をどのようにして養っていたのでしょうか?
🪷:インカ帝国の何がすごいかって、これほどの人口を抱えていたにもかかわらず、きわめて豊かな食糧に恵まれていたらしく、物乞いをする者も飢える者もいなかったらしいというのです。※1
🪷:また、スペイン人入植者が残した記録には、「一般庶民は自分の家で必要とするものをすべて自分で調達していた」という内容が書かれています。※2
🎠:いや〜昔の人はすごいですね!自給率100%なんて!それに比べて今の日本ときたら、ほぼほぼ輸入に頼って情けねーな。これだから(ピーーー!)と(ズキューン!)は…
🪷:これは、インカ帝国では様々な作物が栽培されていたからでもあるのですが、その中でも特に重要であった食糧が、じゃがいもなのです。
🎠:インカ帝国の主食はとうもろこしじゃないんか?
🪷:もちろんそれもあるでしょう。
🪷:しかし、とうもろこしはじゃがいものように、寒冷地であったり、アンデスのような標高3800メートルもあるような高地では、栽培できません。
🪷:さらに最近では、とうもろこしはアンデスではなく中米が原産であることもわかっているそうなんです。
🎠:じゃあ、とうもろこしが入ってくる前から広く主食になってたんは、じゃがいもなんやね!
|🐻:とうもろこしについてはコチラ👇️でも!
|彡 サッ
🪷:そんな飢える者がいなかったインカ帝国ですが、スペインからやって来たピサロによって、1533年に滅ぼされます。
🎠: _人人人人人人人人_
> コンキスタドール <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
🪷:こうしてじゃがいもは、たくさんの金と共に、土産としてヨーロッパにもたらされました。
🪷:しかし、主食として重要視されていたインカ帝国とは異なり、当初ヨーロッパではあまり普及せず、観賞用か研究用に栽培される程度でした。
🎠:なんで?
🪷:理由はいろいろあります。
🪷:まず、ナス科であること。ナス科には有毒なものが多く、じゃがいもにも芽や葉に毒があるため、知らずに食べてしまった人が食中毒になってしまったようです。
🎠:マンドレイクとかあるもんな。
🪷:次に、聖書に載っていないこと。
🪷:じゃがいもは無性生殖で増えるため、雌雄を必要とせず、単体で増えます。そのため、宗教裁判にかけられたじゃがいもは、「神の定めた繁殖方法以外で増えるため、性的に不純」ということで有罪判決を受けてしまい…
|🐻))) .oO(な、なに言ってんの…?)
🪷:なんと、火炙りの刑にされてしまったこともあるようなんです!
🎠:人だけじゃなかったんだな。
|🐻.oO(それって単なる焼き芋なのでは…?🤔)
🪷:そもそもヨーロッパにはじゃがいものような食べ物がなかった為、凸凹した見た目を気味悪がっていたそうです。
🎠:「魔女」とされたら燃やされること自体が、気味が悪いというか怖いけどな。
―――――――――――
※1 山本紀夫「第 5 章 インカ帝国の農耕文化 ―主としてクロニカ史料の分析から―」『中央アンデス農耕文化論―とくに高地部を中心として―』 国立民族学博物館調査報告 117:161‒207(2014)
※2 同上。「」内の言葉はインカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベガによる。
ヨーロッパでの普及
🪷:こうして、ヨーロッパでは忌避されていたじゃがいもですが、「17世紀の危機」と呼ばれる時代から、だんだんと普及していくことになります。
🎠:17世紀の危機?
🪷:1560年から1660年の間のことで、一般的に17世紀の危機と呼ばれています。
🪷:この時代には、世界規模の寒冷化が起こり、各地で飢饉が発生しました。しかもヨーロッパでは、戦争に続く戦争で、17世紀のうちで戦争がなかったのは、わずか4年だけだったんです。
🎠:_人人人人人人人人_
> まさに危機 <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
🪷:しかし、じゃがいもが普及していくと、ヨーロッパは大きく変わっていきます。その中でじゃがいもが果たした特に重要な役割…それは…
食卓を豊かにしたことです!!
🎠:ただじゃがいもが加わっただけじゃねぇのかよ!👆️
🪷:じゃがいもだけに甘いですね(?)まるでハニーバターポテトのように甘いですよ…
🎠:なんとかしてはちみつの話を入れ込みたかっただけなのでは?
🪷:なにか🐻的な圧を感じたもので。
🎠:しゃーねぇなぁ。さっきの一文にリンクを埋めとくか。
|🐻.oO(ありがとう…)
🎠:そんでじゃがいもの何が甘いんだよ!!
🪷:じゃがいもが甘いわけではないんですが…
🪷:じゃがいもが普及するまでは、食料不足から豚などの家畜に冬を越させることが出来ず、冬の間は家畜を最小限まで減らすしかありませんでした。
🎠:( ゚д゚) ハッ!
🪷:やむを得ず屠殺された家畜の肉は、塩漬けにして保存していたそうですが、とにかく味が酷かったそうです。
🪷:しかし、じゃがいもを食べさせることで家畜の越冬が可能になり、いつでも新鮮な肉が食べられるようになったことで、肉に合う料理の開発が進んでいくことになります。
🪷:こうして、ヨーロッパの人々は安定して美味しくタンパク質を取れるようになりました。
🪷:現在ではアンデスだけでなく、ヨーロッパの一部の国でも、じゃがいもは主食として食べられています。
🎠:日本ではあんまりメジャーじゃないよな。
🪷:それでは、ヨーロッパでどのように普及していったのか、いくつかの国ごとに見ていきましょう。
🎠:定時なので帰ります。
🪷:あらあら〜、このSTEAMには定時という言葉はないのですよ〜( ≖ᢦ≖)
🎠::( ;´꒳`;):ハラスメント....ハラスメント....
ドイツ
🪷:ヨーロッパの中でも、特に「17世紀の危機」による被害が大きかったのが、三十年戦争(1618〜1648)の主戦場となったドイツでした。
🎠:神聖ローマ帝国(ドイツ)を主な舞台とした宗教戦争の総称だから、実際に30年間続いていたわけではないのだ。
🪷:三十年戦争でドイツ全土が荒廃し、人口は約半分まで減り、農民は草木を貪り、愛犬を殺して命を食い繋ぐしかないような有様でした。
🪷:こうなってはもはや、「じゃがいもを食べると病気になる」などという迷信を言っていられなくなり、ザクセンやブラウンシュヴァイクなど、ドイツ北部でじゃがいもの栽培が始まりました。
🪷:それでもなお、ドイツ東部では栽培が行われていませんでした。そんな中、じゃがいも普及のため、1756年にプロイセンで「じゃがいも令」が出されました。
🪷:このじゃがいも令を発した人物こそが、プロイセンを大国にのし上げたフリードリヒ2世です。
🎠:偉大な国王だからフリードリヒ大王と呼ばれてるみたいだな。
🪷:フリードリヒ2世は自身でも積極的にじゃがいもを食して見せ、農民に種イモを配り、収穫までを番人に監視させました。なんだったら、監視をするフリをさせて、敢えてじゃがいも泥棒を黙認するよう命令していたという話まであります。そうすることで、気味悪がられていたじゃがいもへの関心を高めようとしたんですね。
🎠:風評被害払拭のための政治的パフォーマンスかあ。どこかの国でもちょくちょく見かける光景だ。
🪷:それでも従わない者に対しては、耳をそぎ落とすなどの刑罰を行ったそうです。
🎠:フリードリヒ大王の積極的な努力(?)が素晴らしい。
🪷:こうしてじゃがいもは、プロイセン中へと広がっていきました。そして、兵糧を確かなものにしたプロイセンは、後の七年戦争の頃までには、屈強な軍隊を作り上げることが出来たのです。
フランス
🎠:C'est au tour de la France ensuite!(次はフランスの番だな!)
🪷:Exactly!フランスでの普及に貢献したのは、パルマンティエという農学者で薬剤師だった人です。
🪷:パルマンティエは、七年戦争の際に5回も捕虜となり、その間じゃがいもを食べて生活をしているうちに、じゃがいもの有効性に気づきます。
🪷:そして帰国後の1772年に、「食糧飢饉を緩和する食べ物」の論文に応募し、採用となりました。
🎠:七年戦争というのはですね。7年戦争したんですね。だからこそ、七年戦争なのだと思います。
🪷:何構文?
🪷:パルマンティエは王室に強く働きかけ、じゃがいもの花束を送ったり、昼にはじゃがいも畑を厳重に警備させ、夜になると警備をやめさせて、わざと興味を持った農民に盗ませるなどして普及に努めました。
🎠:どっかで聞いたような話だな。
🎠:あと、マリー・アントワネットがじゃがいもの花を飾りとして身に付けたことで、これが貴族の間で流行ったらしい。理解に苦しみますね。
|🐻.oO(でもじゃがいもの花、可愛らしいよ)
🪷:実際、1785年に飢饉が起こった際にも、じゃがいもが人々を救ったというような事例もあり、フランス革命時には全土に広がっていきます。
🎠:こうした功績から、フランスでは多くのじゃがいも料理に「パルマンティエ」の名が冠されているな。
🎠:アッシ・パルマンティエはじゃがいもと牛挽肉のグラタン、ポタージュ・パルマンティエは温かいじゃがいものスープとかな。
🪷:そして皇帝ナポレオン1世の時代になると、パルマンティエの研究に目をつけたナポレオンは兵糧としてじゃがいもを活用し、この時代に生産量は15倍にもなったそうです。
|🐻.oO(そうなのか…!)
🎠:理由としては、1806年に出した大陸封鎖令のせいでイギリスからじゃがいもを輸入できなくなったからだろうな。
|🐻.oO(なるほど、その観点はなかったな…)
ロシア
🪷:ロシアにじゃがいもが伝来したのは、ピョートル大帝(在位1682〜1725)が1697年に、約250名からなる大使節団を西欧に派遣した際だと言われています。
🎠:ピョートル大帝は、ロシアの西欧化改革を進めたことで知られる、初代ロシア皇帝だ。
🎠:使節団派遣では、自身もピョートル・ミハイロフと偽名を使って科学や軍事を学んだんだよな。
🪷:じゃがいも伝来のルートは他にも、七年戦争から帰国した兵士が持ち帰っただとか、ロシアにやってきたイギリスの船員がもたらしたとか、色々な説があるようです。
🪷:おそらくはどれも本当のことなのでしょう。
🎠:いろんなところから入ってきたってことだな。
🎠:いいな いいなー 国土が広くていいなー
🪷:しかしロシアでは、じゃがいもは「アダムとイヴが食べた禁断の果実であるため、それを食べることは神に背くこと」と信じる人も少なくなくなかったようです。
🎠:(バキューーーン!!)(ピーーー!)(ピーーーーーーーーーー)…(※個人の見解です)
🪷:実際、ピョートル大帝が農民たちにじゃがいもを食べさせようとした際には、農民たちは頑なに食べようとせず、「今、私の前で食べてみせなければ、その場で打ち首にする」と言ってやっと食べさせたそうです。
🪷:一方で、この頃からロシアはシベリア進出も始めますが、シベリアの気候は特に厳しく、作物が育たない地域でもあるので、そこに住む人々は、特に新たな入植者は、じゃがいもの栽培を早くから始めていたようです。
🪷:1840年になると、政府はじゃがいもを主要作物にするため、国有地の農民に対して一定量のじゃがいもを栽培することを義務付ける法令を出します。
🎠:不作が何年も続いたことがきっかけだな。
🪷:ところが、この政策を強制労働とみなした農民により、各地で反対運動が起きてしまいます。
🪷:1842年、ついに政策に反対する一揆が起こります。
🪷:農民は槍や斧で武装し、合計して10万人もの人々が参加することとなり、ついには軍隊が出動して死者まで出ます。
🎠:(ピーーーー!)!(ピーーー!)が(ピーーーーーーーーーー)…(※個人の見解です)
🪷:1843年、政府は強制の方針をやめ、説得による普及に切り替えます。こうして、1880年代に157万ヘクタールだったじゃがいも栽培面積は、1913年には339万ヘクタールにまで増大しました。
🎠:ロシアといえばシベリアじゃないのか、シベリア。
🪷:その話もしますか。シベリア地方では、1825年に起こったデカブリストの乱をきっかけに普及していきます。
🎠:「立ち遅れた祖国ロシアの救済」とか言って失敗したやつだろ?
🪷:このデカブリストの乱を計画したのは、貴族出身の青年将校たちなのです。
🎠:農民や平民じゃなくて貴族が企てたなんて意外だな!
🪷:彼らはナポレオン戦争などに従軍したことで、祖国より遥かに進んだ西欧諸国の様子を目の当たりにし、また、農民出身兵からは、ロシアの農民が置かれた悲惨な状況を聞きます。
|🐻.oO(なるほど、クリミア戦争まで待たずとも、ウィーン体制下で既に気付いていたんだな。気付く人は。)
🪷:こうした経緯から起こした反乱はあっさりと鎮圧され、首謀者5人は絞首刑、121人が流刑となりました。
🎠:なるほど、シベリア送りだ。
🪷:流刑となった貴族たちは、そこで初めて、「飢饉が日常」のシベリアを目の当たりにします。
🪷:そして「この地にこそじゃがいもを」と種いもを取り寄せ、じゃがいもを気味悪がる農民たちを少しずつ説得していきました。
🪷:そうして苦労してやっと、やっとシベリアにじゃがいもが根付いていったのです。
🎠.oO(2回言ったな…)
🪷:こうして、貴族たちの「政治的革命」は失敗したものの、農民の生活を変えるという意味での「革命」は成功したのでした。
🎠:はいはい、うまいうまい。じゃがいもだけにねー。
アイルランド
🪷:イギリスでは、1662年に王立協会で、じゃがいもを飢饉対策にする案が出ましたが、かつて女王食中毒事件があったことから、すぐには普及しませんでした。
🎠:食中毒?
🪷:16世紀の女王エリザベス1世が、じゃがいもの普及のために自らじゃがいもを食べて見せたのですが、シェフがじゃがいもの調理方法を知らなかったため、根や葉を生のまま出してしまい、女王が食中毒になったという事件があったのです。
🎠:うわぁ…よく死ななかったな…
🪷:よほどトラウマだったんですかね。
🪷:一方で、イギリスの支配下にあったアイルランドでは、土壌が適していたことや、元々食料不足が深刻だったこともあり、急速に普及します。
🎠:なんかなんとも言えねー話だな。
🪷:じゃがいもは完全にアイルランドの主食となり、現地の農民たちは、じゃがいもを食べることでなんとか生きながらえているような状況でした。
🪷:しかしながら…1845年から1849年頃にかけて、「じゃがいも飢饉」が発生してしまうのです…
🎠:_人人人人人人人人人_
> アン・ゴルタ・モー <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
🪷:話し始めると長くなってしまうので、詳しくは割愛しますが、とりあえずじゃがいもが罹る伝染病が大流行し、ほとんど全てのじゃがいもがあっという間に腐ってダメになってしまったんです。しかもイギリス政府も大した対策を打たなかったらしくてですね…
🎠:自由主義の弊害だな。てか、そうやって結局長くなるのでは?🤔
🪷:とにかく、じゃがいも飢饉による死者数は約100万人にも上り、約200万人が海外へと脱出していきました。
🎠:アイルランドでは疫病に強くない品種を単一栽培(モノカルチャー)していたから、じゃがいもを唯一の生きる糧としていたアイルランド人への被害は、想定以上に深刻だった…
🪷:その他にも穀物はたくさんあったのですが、飢饉のさなかでも強制的にイギリスへと輸出させられていたため…
🪷:なんとアイルランドの人々は、たくさんの食糧に囲まれながら飢えていったのです(!)
🪷:こうして、1841年には800万人であった人口が、1800年代後半には、450万人にまで減少します。
🎠:しかも、人口が減ったことで飢饉が収束するという始末。
🎠:まさに
_人人人人人人人_
> ■■■■■ー■ <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
🪷:ま、まぁ…。ちなみにアイルランドは、1801年に正式にイギリスへ併合されていたのですが、それでこんな扱いを受けたのでは、ちょうどこの頃から独立運動が本格化するのも無理ないですね。
🪷:他方で、このとき移民としてアメリカへ渡って行ったアイルランド人の子孫たちが、現代でも活躍しています。
🎠:有名どころだと、ジョン・F・ケネディ元大統領とか、ジョー・バイデン大統領、ウォルト・ディズニーとかだな。
🪷:アイルランドの宗教といえばカトリックなんですね。ディズニーはなるべく特定の宗教色を出さないようにしていたみたいで、それが世界中で愛されている要因かもしれません。
🎠:ディズニーランドの開園式には、カトリックの司祭とプロテスタントの牧師、ユダヤ教のラビを等しく招いたって話だぞ。
🪷:一方で、ケネディはアメリカ史上初のカトリック信者の大統領で、バイデン大統領は史上2番目です。
🎠:WASP(White, Anglo-Saxon, Protestant)的な価値観がまだ強かったであろう当時のアメリカで、カトリックの大統領が誕生するとは、さぞかし歴史的なことだったんだろうな。
🪷:こうした歴史を生み出した背景にあったじゃがいも…やっぱりじゃがいもってすごい…!!
🎠:それはじゃがいもがすごいって話なのか?
日本でのじゃがいも
🪷:さて、ここまでヨーロッパについて見てきましたが、最後に簡単に、日本のじゃがいも事情を紹介して、さようならしたいと思います。
🎠:じゃがいも事情って…
🪷:日本には17世紀初め頃、オランダ領のジャガタラ(現ジャカルタ)を経由して入って来ました。
🎠:オランダ人はバタヴィアと呼んだんだよな。
🪷:ジャガタラからもたらされた芋だったので、当初は「じゃがたらいも」と呼ばれ、これが後に略されて、「じゃがいも」と呼ばれるようになりました。
🎠:別名の馬鈴薯(ばれいしょ)は、馬につける鈴に形が似ていたことから付いたのだ。
🪷:また、1836年に起こった天保の飢饉で多くの人を救ったことから、「お助け芋」とも呼ばれていたみたいです。
🎠:どこでも似たような状況が起こるもんだなぁ。
🪷:後にも、北海道開拓時の主食になったり、東北の飢饉を救ったり、戦後のシベリア抑留の際に多くの日本人の命を食い繋いだりしたのが、じゃがいもでした。
🪷:日本でも多くの命を救っている重要な食べ物なんです。
( ͡° ͜ʖ ͡°):これから毎日いもを焼こうぜ
🎠:だから、まじで誰?
🪷:ちなみに、どこの国でも、産業革命によって貧富の差が激しくなると、貧民は皆じゃがいもを食べていたので、「貧者のパン」とも呼ばれていました。
🎠:パンがなければ…ってか。皮肉なもんだぜ。
終わりに
🪷:さぁ🎠くん。歴史を知って、じゃがいもに対する認識の変化はありましたか。
🎠:にんじんが食べたくなりました。
🪷:そうですね、ちょっと長かったね。
🪷:ということで、じゃがいもは痩せた土地でも育ち、栄養も豊富なため、世界中で重宝されてきました。
🪷:そしてじゃがいもは、今日でも主食として多くの地域で食べられ、多くの人々のお腹を満たし、今も歴史を動かし続けているのです。
🪷:次に皆さんがじゃがいもを食べる際には、このじゃがいもの大きな力をきっと感じられるはずです!
🎠:そんなわけあるか、(ピーーー)!(検閲済)
🪷:やるねぇ、ついでに宣伝しときます?
🎠:Découvrez également mes recherches !(俺の研究も見ろよ!)
🪷:ということで、ここまでご覧いただき、ありがとうございました。ぜひ、他の記事も読んでみてくださいね。
🪷🎠:さようなら!!
|🐻.oO(そこは Au revoir じゃないのねー💦)
( ͡° ͜ʖ ͡°):Gott ist todt.
🎠:結局誰なんだよ!
――――――――――
参考文献
・伊藤章治『ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」』中公新書、2008年
・山本紀夫『天空の帝国インカ―その謎に挑む』PHP新書、2011年
・ほか諸々